さて、企画展はそのうち観に行ってレポートするとして、とりあえず今回は対談の中身について。
長谷川氏の興味深い発言をピックアップしてみる。
小崎 東京都現代美術館のチーフキュレーターに就任後、最初に長谷川さんが企画した『SPACE FOR YOUR FUTURE』(2007)は建築やファッション、デザインと様々な領域を横断した展覧会として非常に画期的でした。これはどういう考え方で作られたのでしょうか。
長谷川 東京には多くのデザイナーや建築家がいますが、それぞれがカテゴリーの中の約束事に捕らわれていて非常にもったいないと思いました。何でもありの状況ですから、観客の感覚にヒットするものを見せていけば、何かが動くのではと思ったのがきっかけです。
このあたり、サーペンタイン・ギャラリーのハンス・ウルリッヒ・オブリストの感覚に近いのではないか。今開かれているコムデギャルソンと妹島和世との協働も(彼女のキュレーションかは知らないけれど)その一環だろう。
長谷川 平面は視覚的で空間は身体的ですよね。視覚という機能は理性に最も近いと言えますが、ある意味では頭でっかちな部分もあると思います。(略)一方、立体や空間というのは、絶えず現実とネゴシエーションし、衝突する部分がある。私たちの感覚や五感を別のことと再結合する必要があると思いました。
平面と立体(あるいは空間)の区別、そして、後者にこそアクチュアリティを感じていることがよくうかがえる。
長谷川 私の場合は、入口がより多様である関係性を結んでいくという側面があります。身体の内部の感性や自分自身のものの見方を覚醒させることから、ソシオポリティカルなものまで、いろいろなレベルで関わっていきたいと思います。
チャネルを多様化させ、アートという交錯点で新しい可能性を開かせる。それは理性へ、というよりも、感性に呼び掛けるものだという意識だろう。長谷川氏は「ソシオポリティカルなものまで」と言うけれど、次のような発言をしていることからも、その社会は「個人の集まり」「生の社会」の謂いであって、システムや理念としての社会を指しているわけではなさそうだ。
長谷川 日本においてコンテンポラリーアートは反体制的に社会を脱構築し、思想を変えていくという枠組みでは動いてないと思います。むしろそういうフレームで捉えて紹介し続けることによって、コンテンポラリーアート離れが起こっていると思います。
では、「日本的アート」とは一体どのようなものか。その回答が対談の後編に盛り込まれることに期待していったん筆を置くことにしよう。