東京芸術史 ~作家インタビューと、現代アート情報 

東京芸術史

作家インタビューと、現代アート情報

作家たちとの会話と、現代アートをめぐる批評的?あれこれ / 東京芸術史とは?






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> 『ラスト・タイクーン』
【カテゴリー:読書】 (2011/01/02) Twitterでつぶやく

2011年最初に読み終わった小説はS・フィツジェラルドの『ラスト・タイクーン』(大貫三郎訳)であった。たまたま。これはフィツジェラルドが心臓麻痺で急死したことにより未定稿のまま発表された遺作で、ある意味では人が読むべき作品ではない。未完のものを晒されることほど作家にとって屈辱的な事はないだろうと考えるならば。

未定稿だけに雑然とした印象はぬぐえないが、どうしても書き写したい箇所を見つけた。それは本文の中でではなく、途絶えた本文後に付け加えて掲載されある、第一章に関する作家のノートからの一文である。そして、その一文は、編者の注釈によれば、「フィツジェラルドが書いた最初のスケッチ」であり「彼の考えを完璧に伝達している」ものであるという。

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> 世界は分けてもわからない
【カテゴリー:読書】 (2010/01/19) Twitterでつぶやく

生物と無生物のあいだ』や『できそこないの男たち』もそうだったけれど、福岡伸一の文章、あるいは彼の用いる比喩には(著者自身は別にそういうつもりではないにせよ)アートについてぐるぐる考えをめぐらせるための示唆が多分に含まれている。

去年発刊された『世界は分けてもわからない』は、特にその度合いが大きかったし、福岡氏も人の認識の在り方をアートと照らし合わせながら説明している部分がある。世の中には「アンチ福岡」の方々も多くいるようだけれども、僕のような素人は生物学的にその言説が正しいかどうか判断しようがないし、ただ単に頭の体操に良いなというぐらいの気持ちで読んでいるというわけだ。






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> リヒター『Obrist-O’Brist』
【カテゴリー:読書】 (2010/01/10) Twitterでつぶやく


To pieces us he often after a to Loverfinches of and the sun your come the a no system provided her of bring variety and Adorno of into such the become possibilitiy Jean what could a by try in event roads a for.....

僕は薄暗い書店で、愚かにも中の画像を何枚か確認しただけでレジに運んだのだった。『Obrist-O’Brist』。これはハンス=ウルリッヒ・オブリストによるゲルハルト・リヒターのインタビュー集であり、また同時に、リヒターによるオブリストのポートレート集なのだろうと勝手に思い込み…。







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> 「主体は世界には属さない。それは世界の限界なのである」
【カテゴリー:読書】 (2009/12/27) Twitterでつぶやく

『ウィトゲンシュタイン入門』(永井均著)という、ずいぶん前に買ったままになっていた新書を読みながら、『すべらない話』を観ていて、ほとんど本に集中できなかったけれど、『草稿』からの引用部分には目を奪われて、とりあえず書き写すことにした。

ここで言う「主体」は、世界に60億人いる人間のたまたまの一人である「私」のことでは当然ないし、いわゆる世界認識の可能性を問う「超越論的主観」のことでも、おそらく、ない(この認識がほかのウィトゲンシュタイン解説者たちと一線を画す点であり、このライトな入門書のミソのようだ)。





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> 『音楽の聴き方』で対比される音楽
【カテゴリー:読書】 (2009/11/10) Twitterでつぶやく


書店でカバーをかけてもらう率100%を誇る(僕はそんなことはしない!)新書『音楽の聴き方』の中で、いろいろな演奏家、指揮者の興味深い対比があった。ネット上で見つけた音源を資料としていくつか拾ってみる。





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> 『現代アートの舞台裏』を読む 第7章「ビエンナーレ」
【カテゴリー:読書】 (2009/11/04) Twitterでつぶやく

前回エントリー第6章「スタジオ訪問」の続き。

第7章では、ヴェネツィア・ビエンナーレの意義、課題を探る。


p310
(2007年ヴェネツィア・ビエンナーレの国際展ディレクターであるロバート・ストーに)よいグループ展の条件は何かと尋ねてみた。「それは、傑作を展示することでもなければ、優れた作品を、上から順に四〇点選んでいくこととも違いますよ。多彩な作品を使い、そこから、なにかしらまとまった印象を紡ぎ出すことですね。それも、その中で、個々の作品の意味合いも増すようなものを」

→ここで言われる「なにかしらまとまった印象」とは、事前にアーティスティックディレクターが用意するコンセプトとは違うものだろう。ある日本人ディレクターは「一定のスケールを超えたアート展では、コンセプトは要らない。ノーコンセプトがコンセプト」だと言っていたが、その中で「なにかしらまとまった印象」を紡ぎ出すためには、ほとんど直感に頼るしかないのではないだろうか。


p311
ストーは(略)、長年にわたりベニスに住んだモダニストで、「古典とはいつまでもニュースでありつづけるニュースである」と述べたエズラ・パウンドをほうふつとさせるものがあった。(略)彼はこうつけ加えた。「傑作とは本質的に、その作品に注意を払う人々に対して、尽きることがない価値を与えることが証明された作品なんです」

→古典作品観、あるいは傑作観としては興味深いが、このような考えでもってビエンナーレの国際展をキュレーションするとどうなるか。僕が言わなくとも、本書p316でメキシコ人キュレーター、クアウテモク・メディナがこう切り捨てている。「バイエニアル(ビエンナーレ)が絶対にやっちゃいけないことが、二つそろってますよ。つまり、品行方正で退屈なんです。(略)権威に挑戦していないんです。これじゃ、現代アートについての議論が深まらない」。つまり、ソトーのキュレーションは美術館でやれってことだ。


p324
ブリティッシュ・カウンシルでビジュアル・アート部門の責任者を務める彼女(アンドレア・ローズ)は(略)「使うという表現は嫌いですが、私のたちの仕事はアートを使って、イギリスが海外で外交政策目標を実現できるように貢献することなんです」

→ヴェネツィアのイギリス館はブリティッシュ・カウンシルが、ドイツ館はゲーテ・インスティテュート、アメリカ館は建物をグッゲンハイム美術館が所有するが作家の選考は国立芸術基金(NEA)が決める。日本は外務省系の独立行政法人、国際交流基金(ジャパン・ファウンデーション)が選考に当たる。各国とも、それぞれの思惑で作家を選ぶことになる。


p331
彼女(ホワイトチャペル・ギャラリーのディレクター、イウォナ・ブラズウィック)は、「ヴェネツィア・ビエンナーレは大パーティのようなもので、下見会は人脈づくりの場ですね。(略)作品はざっくりと見ることにして、文字どおり走るんです。ただし、予習も欠かせません。プレスリリースの形で配られる予告を、たくさん手に入れるといいですね」

→サラ・ソーントンが「ヴェネツィア・ビエンナーレの一般公開が始まるのは、まだ明日のこと(略)だが、アート界にとって、ビエンナーレはすでに終了している」と表現する通り、このイベントは政治的・商業的側面が極めて強く、それは各国・各組織が威信をかけて開くパーティに象徴されている。


p334
イタリアの現代アートを収集している彼(略)は不満だらけだった。第一に、現代アートへの公的支援がほとんどない国で、国際的に最も重要なアートイベントが開催されることが嘆かわしかったのである。「この国にはブリティッシュ・カウンシルもなければ、ゲーテ・インスティテュートもないんですよ。企画展中心の美術館はほとんどないし、ほとんどの都市を見ても、現代アートはおろかモダン・アートの美術館さえありません。(略)著名なイタリア人コンテンポラリー・アーティストは、マウリツィオ・カテランも、ヴァネッサ・ビークロフトも、フランチェスコ・ヴェツォーリも、みんな海外に住んでます。(略)アーティストが何を発表しても、その都市どまりになってしまうんですよ」と彼は訴えた。

→イタリアがこういう状況だとは知らなかった。確かに、ミラノ、ローマ、ナポリと訪れても、おそらくどこかにあったのだろうが、僕は現代アートの美術館を見かけなかった。特に、「その都市どまりになってしまう」という点が、日本の状況とよく似ている。おそらく、日本はそれ以下の惨憺たる状況だろうけれど。


p342
彼(サーペンタイン・ギャラリーの共同ディレクター、ハンス・ウルリッヒ・オブリスト)の話はさらにつづいた。「ヴェネツィア・ビエンナーレとは、不意に訪れる統合の瞬間なんです。中国、中東、ラテンアメリカ――こうした国々の異質の現代性や異質の過去という、アート界が最近まで無視していたものに私たちは気づき始めています」

→これは西欧中心主義的な「再発見」発言だ。けっきょく、アートの評価は東洋の作品であれ西欧が決めるため、このような言葉がもっともらしく聞こえる。


p351「あとがきに代えて」
本書で紹介した物語に共通するテーマとして、一つには、無神論者にとって現代アートが一種の代替宗教になったということが挙げられる。

→この意見には僕はピンとこない。まあ、現代アートが寛容的な場をつくり出すことに意味があると僕は思っていて、その寛容さというものを僕が盲目的に信じ込んでしまっているとすれば、一種の「宗教」と呼べなくはないのかもしれない。



第6章「スタジオ訪問」に戻る

おしまい





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> 『現代アートの舞台裏』を読む 第6章「スタジオ訪問」
【カテゴリー:読書】 (2009/11/04) Twitterでつぶやく

前回エントリー第5章「アート雑誌」の続き。

第6章では、サラ・ソーントンは埼玉の村上隆のスタジオを訪問している。この章に限っては、特定の作家についての言及で一般論とは言えないだろうから、興味深かった箇所の引用だけで済ませる。


p272
「アーティストというのは、イタコなんです」と村上が言った。(略)「この世とあの世の境界がわかる人間なんです。(略)あるいは、そうした境界を知ろうと努力する人間ですね」

p273
彼(村上)が、さらに言葉をつづける。「ウォーホルが天才なのは、簡単に絵を描く方法を発見したことですよ。(略)『ぼくたちの作品は、どうしてこんなに複雑なんだ?』(略)ぼくの弱点は、東洋人に生まれたことです。東洋風の特徴はアクが強すぎるんです。(略)不公平な話だと思いますよ」

p274
村上作品に見られる隙のない職人技は、ある批評家が「あきれるほど高い」と評するほどの水準にある。こう告げると、村上は両目を閉じた。(略)「痛ましいくらいね」

p281
通常、コレクターが自分のコレクションだけを集めた小さなカタログに作品の写真を載せても、アーティストは使用料の支払いを求めないことが多い。だが、村上はこのコレクターに対して、自宅の居間の壁に掛けた作品の写真を撮りたければ、自分に使用料を支払えと主張したのだった。(略)村上はアーティストとしての自分の権利を守ることと、自分の作品を浸透させる活動を自分で管理することに、とても熱心である。


第5章「アート雑誌」に戻る / 第7章「ビエンナーレ」につづく





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> 『現代アートの舞台裏』を読む 第5章「アート雑誌」
【カテゴリー:読書】 (2009/11/04) Twitterでつぶやく

前回エントリー第3章「アートフェア」、第4章「ターナー賞」の続き。

第5章では、アート雑誌『アートフォーラム』を中心に、編集者や批評家たちを追う。


p205
(アートフォーラムは)もとは一九六二年にサンフランシスコで創刊されたのだが、すぐにロサンゼルスに移り(略)一九六七年にはニューヨークに移転し、そこでミニマル・アートとコンセプチュアル・アートの議論の場としての立場を強化した。一九七四年一一月には(略)同誌の広告でフェミニストのアーティスト、リンダ・ベングリスがその細身の体をさらし、巨大なペニスの模型を手に裸でポーズをとったことに、一部のスタッフが異議(略)。抗議の辞職を敢行し、ロシアの一〇月革命にちなんで『オクトーバー』と名づけた、図版のない学術誌を創刊した。

→1979年に現在の発行人の一人であるトニー・コーナーが同誌を買収するまでの流れ。同誌では広告もまた時代を映す鏡だ。


p209
(アートフォーラムの発行人の一人、チャールズ・)グアリーノは断言する。「(略)この雑誌の評判は、主観性の世界にあって客観的であろうとして最善を尽くしてきた、これまでの歴史のすべてに支えられているんです。もちろん、客観的な意見という言い回しには矛盾があります」

→主観性の集まりであるアート界にあって客観的であることの方法の一つが「批評」であり、それらを扱う雑誌だということ。矛盾に満ちていることを自覚しながら前に進み続けることは苦行に近い行いだ。


p211
(よいアート雑誌の条件は)コーナーはきっぱりとこう答えた。「(略)それは、市場に追随してはいけないということ。かといって、こちらから市場に影響を与えようとするのも慎むべきです。独自の観点を持たねばなりません」

→上の「主観性の世界にあって客観的であること」というグアリーノの基本姿勢に通じる。ここで付け加えられたことは、客観的であるということは、経済的基準(市場価値)とは切り離された別の客観性を意味するということだ。


p215
「アート雑誌で知的な対話ができないとすれば、この世のどこにも、知的対話ができる場所がないことになります」と彼(編集長、ティム・グリフィン)が力説する。(略)「批評家がディーラーの、そして、ディーラーがコレクターの先導役を務めていたのは昔の話で、(略)いま、おそらくコレクターがディーラーの、ディーラーが批評家の先導役を務めているとささやかれています」

→この発言は批評の力の衰退を憂うものだけれど、日本の惨状たるや口にするのも忍びないほどだ。まともなアート雑誌が、一つだってあるだろうか。金にならぬ美術評論は、インターネット上で散り散りとなり、切磋琢磨する機会を持たない。


p218
「批評家は探偵ですね」(略)とグリフィン。「もともと証拠として存在するものなど、何もありません。(略)解決すべき犯罪すら存在しないかもしれない。つまり、自分の周囲のさまざまなものに意味づけして、アートが共感を呼べるような場を提供するってことなんですよ」

→場を作る、という表現は非常に分かりやすい。論文は客観的な理解を求める言説である一方、批評は共感の場を作る言説である、か。


p219
(雑誌『ニューヨーカー』のアート批評の責任者、ピーター・シェルダールは)「セントルイスには、いいアート批評家なんていませんよ。いいアート批評家になるには、毎週のように新たな敵をつくりながら、しかも、友だちになる人間が引きもきらないという芸当ができないといけないんです。この国でそんなことができるのは、ロサンゼルスとニューヨークだけですよ。ほかの場所だと、引越しをくり返すのがオチでね」

→それは批評が影響力を持つ場合に限るが、仮に幸い日本もそうなった場合、その国民性を考えると(シェルダールの言う)「いい批評家」はこの島から追い出されてしまいそうだ。


p221
批評家の実入りが悪ければ、職業的義務よりも個人的利益や社会的関係が優先されやすくなる。「そうなれば利益相反です」とシェルダールはきっぱりと言った。

→先日某アートフェアで、アートライターが自分のブースを作って作品を売っていた。彼は何の気なしに、むしろ、アート業界の活性化に一役買っているつもりで素朴に取り組んでいたのだろうけれど、裏を返せばそれだけ彼の発言に影響力がないということだ。自身の言説が大きな影響力を持つ場合、周囲に誤解を招く行為(つまり、特定の作家の作品を売りさばきながら、その作家について手厚く評価するあからさまな利益相反行為)はすべきではない。


p225
グアリーノがつづける。「この(アートフォーラム誌の)冒頭部分の価値をそこなわないためには、掲載を認める広告主を限定しないといけません」。広告の中には、掲載位置が不変のものもある。たとえば、マリアン・グッドマンならば、目次の対向頁だ。ラリー・ガゴシアンならば、寄稿記事の隣のページ。スイスの写真だけを使った独特の広告を打つブルーノ・ビショフベルガーは、一九八〇年代以降、毎号欠かさず裏表紙を飾ってきた。(略)数年前のこと、『アートフォラーム』は(略)アイデンティティの危機を経験した。最終的には、左ページにしか載せないという条件で、『アートフォーラム』はこうした(ファッション)広告の掲載を認めた。当時、彼らは宝飾品が「正しい自己表現」とは考えていなかった。だが、ブルガリが同誌ウェブサイト版の主要スポンサーになったのを機に、結局、広告掲載を認めたのだった。

→広告の扱いは、雑誌自体のブランディングに直結する。ふつう、付加価値をつけるためならハイファッションの広告を載せれば、と人は考えるかもしれないが、同誌がそういう意味でのブランディングを行っていないことがよく分かるエピソードだ。しかし、結局は経済的理由で屈したのだ。


p233
CAA(カレッジ・アート・アソシエーション)はアートフェアに匹敵するものである。経済的な規模が小さいとはいえ、美術史家たちが自分を売りこむ立派な市場だ。コレクターは、中堅のドイツ人写真家による限定六枚の作品の一枚を買う程度の値段で、丸一年間、ユニークな美術史家を雇うことができる。(略)かつては博士論文といえば、少なくとも三〇年前に制作された作品について論じるものだった。それがいまでは、六カ月前には無名だったアーティストを、CAAが「歴史化」するようになった。

→美術史家が過去の芸術に対して方法論的・表象論的に意味づける行為を放って、まったくの現在のアートシーンを取り扱うのだとすれば、批評家と呼ばれる人間たちとの差は一体何だ。だって、美術史家が扱った作家が、五年後には誰も名前さえ覚えていないなんてことがあって良いのだろうか? それでは歴史の捏造と言えそうだ。


p237
(若手の美術史家、トム・)マクドナーの意見では(略)「いまでは、文化を前進させることではなく、売りこめそうな集団を見つけることが批評の役割になっています。(略)しかも、売り込む本当の理由は、最も重要な作品だと思うからとか、生きるか死ぬかの問題だからとかではありません。そのささやかな一角を、自分が独占できるからなんです。(略)ぼく自身も同じようなニッチの鉱脈を見つけ、それをとことん利用しようと掘り進んでいることは否定しませんよ。ぼくはまだ、終身在職権(テニユア)をかけたこの競争から降りてませんからね」

→美術史家たちもまた市場原理の引きずられて、象牙の塔の外に出てきてしまったということか。その点、日本の美術史家たちはのんきなものだ。


p240
アート批評と美術史の関係について、(略)彼女(『ニューヨークタイムズ』の批評家、ロバータ・スミス)はわかりやすい答えをいろいろ並べてくれた。「アート批評は、後知恵の助けを借りられないでしょ。その時点でするものだから。調査もいらない。先頭に立って感想を述べるものだから。(略)さまざまな概念や表現で作品を語り、あらゆる種類の解釈を試みる。その中には長く残るものもあれば、そうならないものもある」

→米国随一の批評家が、批評は「感想」であると言い切る点が興味深い。長く残るか残らないか分からないと割り切って、無数の批評を世に送り出しているということか。



第3章「アートフェア」、第4章「ターナー賞」に戻る / 第6章「スタジオ訪問」につづく





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> 『現代アートの舞台裏』を読む 第3章「アートフェア」、第4章「ターナー賞」
【カテゴリー:読書】 (2009/11/04) Twitterでつぶやく

前回エントリー第2章「批評会」の続き。

第3章ではスイスで毎年六月に開かれる現代アートの見本市「アート・バーゼル」におけるギャラリストたちを、第4章ではロンドン・テートブリテンが主催するコンペティション、ターナー賞の候補者たちを追う。


p118 「第3章 アートフェア」
(アート・バーゼルのディレクター、サミュエル・ケラーは)垂涎の的となっているアート・ステートメント部門(若手ディーラーの手による、若手アーティストの個展の部門)のわずかな出展枠については、コンサルタントを雇って、アーティストへの割り振りを決める作業を手伝わせている。また、アート・アンリミテッド部門(洞窟のような会場に、美術館級の大型作品を出展する部門)の選考と設営にも、キュレーターの力を借りている。さらに、ケラーはさまざまな地域とのパイプ役を担う、二二人の「大使」まで抱えている。(略)このフェアを営利事業としてではなく、掛け値なしに国際首脳会議や国連並みに運営しているようだ。(略)かたや、アート・ケルン、シカゴ・アートフェア、ニューヨークのアーモリー・ショーといった古いアートフェアは、もはや地域レベル、地方レベルのイベントに落ちぶれてしまった。

→スイスという土地ならではの、ではなく、スイスの中立性を生かした無国籍的な展開を狙っている。これに対し、新興の「アートフェア東京」の在り方はどうだろうか。2009年の出展状況を見ると、108ギャラリーのうち海外ギャラリーは16。約85%は国内ギャラリーで占めている。コレクターが海外からどれだけ集まっているかについては、どこかで情報を仕入れてくる必要があるだろう。


p119
ケラーがその考え方を説明してくれる。「アートと質を追求すれば、お金はあとからついてくるものです。アーティストと同じような決心が、私たちにも求められているんです。つまり、偉大な作品をつくるのか、それとも、よく売れる作品をつくるのかという選択です。ギャラリーについても、同じことが言えます」

→モラルに関するこのような抽象論が一番重要であり、同時に、よく分からない。なぜなら、「質」とか「偉大」とか、そのあたりの定義があまりにも直感的、主観的すぎるからだ。


p128
提示価格を上回る値段を払おうとするのは、初心者だけだ。(略)あるアーティストの作品に対する需要に自信があるギャラリストは、早い者順や、最高価格をつけた客に、作品を譲ろうとは夢にも思わない。関係者のリストをまとめたうえで、最も名声が高い人物の手に、その作品が渡るようにするのである。(略)この業界では、だれが作品を所有するかによって、アーティストの評判が高められたり、汚されたりするのである。

→これはブランディングの一環と言える。作品自体に特徴づけを行うだけでなく、所有者もまた絞り込む。信頼の高いコレクターのお眼鏡にかなったと周囲が知ることによって作家の株が上がるだけでなく、やがてオークションでリセールされた時の価格にも反映されるわけだ。ギャラリストは先の先を見ながら商売をしなければならない。


p129
コレクターは現れては消えていく、はかないものだ。むしろ、キャリア的に発展途上段階のアーティストをしっかり囲い込むことが、ギャラリーの成功には欠かせない。美術館級のアートを扱うビジネスでは、需要よりも供給のほうが繊細で不安定なのだ。

→顧客にこびてないで、まずはしっかりとした売り物をつくれ、ということ。アーティストの指導とキュレーションこそギャラリストの主な役割であり、この点こそが、プライマリーディーラーの特性である。


p132
過去一五年間で、国際的なアートフェアは雨後のたけのこのように増えた。いまや、(ロンドンの)リッソン・ギャラリーは毎年平均すると七つのフェアに出展し、開催地ごとに異なる種類の作品を展示している。(略)いまでは、この種のイベントでの販売がリッソン・ギャラリーの売上高の半分を占めている。

→日本のギャラリーの場合、国内に大口のコレクターが少ないため、海外アートフェアでの売上が非常に重要だろう。けれど、国内で看板を構えて、実は売上のほとんどが海外というギャラリーは、本当にそれで良いのだろうか。いや、ギャラリー単体では良いかもしれないが、日本のアートマーケット全体に敷衍した時、結果的に同じ構図になっていてはまずいのではないか。実際問題、村上や草間、杉本博司の優れた作品が、国内にどれだけあるだろう。


p151
(ターナー賞作家の)ジェレミー・デラーの姿が見える。(略)「世界には、こんなにたくさんアートがあるのかと思うと、ちょっと気が滅入るな。(略)ぼくは、あまり金に釣られる人間じゃないんだ。(略)ぼくの作品は、ほとんど売り物にならないんだ」。短期間で壊される作品、目に見えない作品、純粋に概念的な作品など、コレクターに売りさばきにくいものばかりつくるアーティストにとって、公的機関が最も重要な後援者になる場合が多い。

→インスタレーションばかりやったり、耐久性のない素材で作品を作ったりする作家たちは、どうやって食っているのだろうか。教職についたり美術展やワークショップに呼ばれたりしながら細々とやるしかないだろうけれど、彼らだって、初めからそうだったわけではあるまい。一定の評価、少なくともアートフェアでせこせこ作品をさばいてもらわなくても生きていけるようになるまでには、彼らだって何らかの「売れる作品」を生産してきたのではないだろうか。



p166 「第4章 ターナー賞」
アーティストどうしを競わせることは、アートの世界ではタブーも同然だ。ターナー賞のようなコンテストは、「似ても似つかぬ種類のアーティストに、甲乙をつける罪な行為」ということは、(テート館長のニコラス・)セロータも認めている。(略)きょろきょろと背後をうかがう習慣がついてしまえば、人まねに堕する恐れがある。そうかといって、自分が活動の場とする序列社会のことを何も知らないと、異端者(アウトサイダー・アーティスト)と化す危険がある。(略)まともに相手にしてもらえなくなってしまうのだ。

→別に異端者でも良いだろう。というか、アーティストは常に異端者であるべきだろう。そうはいっても「価値」のとめどない相対化を、「賞」という形で防いでいる、これが実情ではないだろうか。社会的「軸」が定められて初めて、アウトサイダーが生まれるのだから。


p177
(最終候補者のマーク・)ティッチナーは展示室にたたずんでいた。(略)彼もご多分に漏れず、この賞の選考プロセスに気持ちをかき乱されていた。「最終候補に残るなんて、かっこいいですよね。でも、朝から晩までとりつかれたように、自分の名前をグーグルで検索しつづけかねないんです。(略)いまは興味ないんです。(略)前に記事を読んだら、自分の作品がけなされてる感じがしたので頭に来ちゃって」

→スーパー素朴アーティストという感じ。絵に描いたように「かき乱されて」いる。


p179
彼女(最終候補者のレベッカ・ウォレン)は語る。「これまで自分がつづけてきた流れに、できるだけ忠実でいたかったんです。いつかは、形がはっきり見えてくるものです。つまり、その人の作品だと、はっきり見分けがつくスタイルを持つようになる。そうならなければ、一生無名のままです。(略)作品が見る者にあれこれ語りかけるのでなく、鑑賞者が作品を見るものができるもの、それが傑作です。あらゆる解釈が可能という意味じゃなく、固定的な意味に限定されないという意味でね」

→こちらも、比較的正直な発言だ。作家としてのブランディングを意識的に行おうということ。ターナー賞を獲るための作品づくりを避けながらも、実は戦略的にアートマーケットを生き抜こうというしたたかな考えがある。さらに、作家として自らをブランディングする一方で、作品は良い意味でマルチスタンダードを備えておくべきだという批評への対応も自らに課している。


p183
どんな賞でも同じだが、ターナー賞にも授与するにふさわしいタイミングというものがある。「美術学校を出たばかりの人物をターナー賞にノミネートしたら、まったく無責任な話です。同じように、中年の危機を迎える年代のための賞にすべきでもありません」と(審査員の一人、アンドリュー・)レントンは説明した。

→優れた作品に賞を与える、という単純な話ではないということ。賞は作品に与えられるのではなく、むしろ作家に与えられるということだ。さらに言えば、あるしかるべき時期の作家に。すなわち、作品は作品それ自体のみから何かが見出されるのではなく、それを作った作家が美術的文脈の中で相対的に評価されるということ。となると、「説明書きを読まずに、作品そのものから何かを感じなさい」という最近よく聞くこの類の指導は、いささか無責任ではないだろうか。世の中では見るだけで何かが感じ取れる作品と、どうひっくり返ったって目の前の作品からだけでは何も汲み取りようがない作品とがあるものだ。


p191
最優秀アーティストは選べないにしても、せめて、この賞にふさわしいアーティストを選ぶ必要がある。(略)この賞は時代意識を映すものなのか、それとも、時代意識を生み出すものなのか(略)。私は結局、その両方がこの賞には欠かせないという結論に思いいたった。

→アート界に本当の意味での序列が存在するのなら、誰もアーティストなんてなろうとしない。オークションの最高落札価格はさておき、最も重要なアーティストなんて客観的には定められないはずだし、賞を受賞するのは優れているからではなく、賞が求めているアーティスト像に近かったからという風に理解すべきだ。時代意識を映すものであり、生み出すものであるというサラ・ソーントンの意見には渋々同調するけれど、作り手としては「こうやって時代は作られていくものだ」と斜に構えていた方がかえってすがすがしくいられるのではないだろうか。


p193
(プレゼンターを務めたオノ・ヨーコは)「政治家はお役所主義にとらわれすぎて、人間らしさを失っているの。アーティストはもっと自由に、自分自身を表現できるのよ。でも、私たちがお金の世界を受け入れようとして、そのために自分自身を検閲するようになったら、アートの純粋さが破壊されてしまうわ」

→「自分自身を検閲」していないアーティストがどれだけいるだろうか。多かれ少なかれ、アーティストも他者に合わせようとしているはずだ。なぜなら、他者との共感や他者からの評価のために作品を作る、あるいはそれも重要だと考えているからだ。それが「お金のため」でないとしても、オノ・ヨーコの言葉にたびたび立ち返る必要があるだろう。



第2章「批評会」に戻る / 第5章「アート雑誌」につづく





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>  『現代アートの舞台裏』を読む 第2章「批評会」
【カテゴリー:読書】 (2009/11/03) Twitterでつぶやく

前回エントリー第1章「オークション」の続き。

第2章は主に、カルアーツことカリフォルニア芸術大学(カリフォルニア・インスティテュート・オブ・ジ・アーツ)でのマイケル・アッシャーの「批評会(クリット)」の授業について。


p70
アーティストの経歴において、MFA(美術学修士)の学位が最初の勲章とみなされるようになったのは、一九六〇年代以後のことだ。MFAの次は、賞をとって滞在型研修に招かれる。つづいて、プライマリー・ディーラーによる取り扱いが決まり、アート専門誌の論評や特集で取り上げられ、そして、著名な個人コレクションに組み込まれる。さらに、個展やグループ展という形で美術館からお墨付きをもらい、たくさんの観客を集めるバイエニアル(隔年開催の国際美術展覧会)で海外進出を果たす。やがて、リセール・マーケットのオークションでも人気が出て、価格が高騰する――そういう流れができたのである。もっとはっきり言えば、一流美術学校のMFAをとることが、一種のパスポートになった。

→このあまりにも一般的となった流れに対し、アーティストの在り方の硬直化、あるいはエスタブリッシュ化などと批判的に見ることはできる。ただし、一方で、ある程度の「通過儀礼」を経なければ、実際問題、作家は「長持ち」しないという問題もある。いずれにせよ、MFAをとれば一生食えるというわけでもなし、あくまでアート界に入れるかどうかの「入口」の問題でしかなく、入口はもちろん他の場所で見つける、あるいはパスポート(=MFA)を持たずに「不法侵入」することだって可能なはずだ。


p71
MFAのプログラムの中には、一人の学生の作品に対して、毎回、五人の専門家が講評を加えるクリットもある。だが、ロサンゼルスの美術学校では、クリットで話すのはほとんど学生であり、教官は立会人にすぎない。グループ批評では、作品をとことん理解する義務が参加者に課され、全員が学生の発表に注目する。(略)作品を五秒見ただけで、深く考えずもせずに値段が決まるオークションやアートフェアとは好対照をなすものだ。

→ロサンゼルスでは教職につくことがアーティストの経歴の汚点にならないという。特にカルアーツでは、市場に背を向けた、コンセプチュアルな傾向が強いという。


p76
美術学科で教えるアーティストのうち、物書きとしては唯一の常勤教官であるレスリー・ディックは、学生にこう説くという。「みなさんは、なぜ大学院に入ったのかしら。ここにいるってことは、自分を変えるために大金を払うってことよ。信じていたアートの創作方法が、何もかもことごとく解体され、自分がガタガタになって、何もかもまったく理解できなくなる。みなさんは、そうなるためにここにいるのよ」

→非常にラディカルな意見だけれども、こういう教師がいることがカルアーツの特色なんだろう。僕は彼女の意見を肯定的に受け止めはするけれども、人は大金を払ったからには、その見返りを求めるものだ。美術大学はアーティストになることの本質論と現実論を切り分けて、両方教える場であるべきだ。


p82
集団でのクリットは、アメリカではカリキュラムの一部として定着しているし(略)これを否定する教官はごくわずかしかいない。美術評論家のデイブ・ヒッキーは、そうした例外の一人である。彼は(略)「(集団でのクリットは)型にはまった議論を強制するし、完成度が低い稚拙なアートを許容してしまう。(略)アーティストの意図など、私にはどうでもいいことだ。関心があるのは、作品になんらかの価値がありそうかどうかだけだね」

→これはヒッキーが美術評論家であるがゆえの意見だろう。アーティストは周囲の評価とは別のところで、自分の中の揺るぎない「指針」を見つけたい、あるいはそれを磨き上げたいと願っているものだ。それがアーティストであり続けることの礎となる。自分の意見を提示し、率直な意見を浴びせられるクリットは、アーティスト(の卵)が自分の作品の存在意義を最後まで守りきれるかどうかを見定める「耐久テスト」の場となる。


p88
支援してくれるディーラーやキュレーターが、卒業制作展で見つかる幸運な学生は二、三人。圧倒的多数の学生は、すぐにはだれからも認められず、たいてい、何カ月間も失業生活をつづえる。アーティスト専業で生活を維持できる学生のあまりの少なさに、以前は、(コンセプチュアルアーティストで数々の美術大で教鞭をとってきた)メアリー・ケリーも気が滅入ったという。だが、やがて彼女はこう気付く。「(略)教育は人間性を深めるものだから、教育そのものに意義があるはずよ(略)」

→メアリー・ケリーの「気付き」はあまりにも陳腐だ。先に言った通り、僕は美術大学は、アーティストとなることの本質的意味と、現実的意味(つまり作品に貨幣価値を伴わせる)を切り分け、両方とも教えるべきだ。さもなければ、つまり純粋な教育の場であると開き直るなら、入学ガイドに「本校はアーティストになるための人材を育てる場ではありません」と明記すべきだ。


p96
カルアーツの美術学科長を務めるトーマス・ローソン(略)は視覚表現を信奉するスコットランド人画家である。(略)「小ぎれいなギャラリーを通して、まとまった量の作品を売る人物がアーティストとは限りません。視覚的媒体を通じて文化を考察するのが、アーティストです。(略)八〇年代後半には、目に見える作品をなにひとつ制作していないのに、大きな称賛を浴びてMFA過程を卒業するという憂慮すべき風潮がありました。映画業界でよく言われるように、アイデアは掃いて捨てるほどあります。アイデアは、なんらかの形で具体化しなければなりません。(略)私たちに寄せられる不平は、感情表現を重んじる画家向きの学校ではないというものです。それは事実です」

→ローソンの発言は、カルアーツの特徴を端的に示している。ただし、それに異を唱える人物が美術学科長を務めている点に、同校が開かれている様が見て取れる。ローソンの「アイデアは掃いて捨てるほどあります。アイデアは、なんらかの形で具体化しなければなりません」の言葉は重く受け止めなければならないが、同時に「アイデアをアイデアのまま」作品とすることを容認する場も必要だと僕は強く感じる。なぜなら、後者の立場を取る作家は、その作品が売りようもないことを自覚しているはずだからだ。作品を作品らしくするために不要な「造形」を与えることが、正しいとはとても思えない。


p97
カルアーツの卒業生の中で、特に世間の注目を浴びるアーティストには画家もいる。(略)彼らが成功したのは、おそらく、家の中に飾りやすい絵画という二次元の表現素材を、市場が貪欲に求めているからである。

→僕の絵画に対する意見とまったく同じ。今絵を描く人たちは、なぜそれを描くのかと問われる前に、なぜ「絵」なのかという前提部分から問われることを強く自覚すべきだ。



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