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> 『現代アートの舞台裏』を読む 第5章「アート雑誌」
【カテゴリー:読書】 (2009/11/04) Twitterでつぶやく

前回エントリー第3章「アートフェア」、第4章「ターナー賞」の続き。

第5章では、アート雑誌『アートフォーラム』を中心に、編集者や批評家たちを追う。


p205
(アートフォーラムは)もとは一九六二年にサンフランシスコで創刊されたのだが、すぐにロサンゼルスに移り(略)一九六七年にはニューヨークに移転し、そこでミニマル・アートとコンセプチュアル・アートの議論の場としての立場を強化した。一九七四年一一月には(略)同誌の広告でフェミニストのアーティスト、リンダ・ベングリスがその細身の体をさらし、巨大なペニスの模型を手に裸でポーズをとったことに、一部のスタッフが異議(略)。抗議の辞職を敢行し、ロシアの一〇月革命にちなんで『オクトーバー』と名づけた、図版のない学術誌を創刊した。

→1979年に現在の発行人の一人であるトニー・コーナーが同誌を買収するまでの流れ。同誌では広告もまた時代を映す鏡だ。


p209
(アートフォーラムの発行人の一人、チャールズ・)グアリーノは断言する。「(略)この雑誌の評判は、主観性の世界にあって客観的であろうとして最善を尽くしてきた、これまでの歴史のすべてに支えられているんです。もちろん、客観的な意見という言い回しには矛盾があります」

→主観性の集まりであるアート界にあって客観的であることの方法の一つが「批評」であり、それらを扱う雑誌だということ。矛盾に満ちていることを自覚しながら前に進み続けることは苦行に近い行いだ。


p211
(よいアート雑誌の条件は)コーナーはきっぱりとこう答えた。「(略)それは、市場に追随してはいけないということ。かといって、こちらから市場に影響を与えようとするのも慎むべきです。独自の観点を持たねばなりません」

→上の「主観性の世界にあって客観的であること」というグアリーノの基本姿勢に通じる。ここで付け加えられたことは、客観的であるということは、経済的基準(市場価値)とは切り離された別の客観性を意味するということだ。


p215
「アート雑誌で知的な対話ができないとすれば、この世のどこにも、知的対話ができる場所がないことになります」と彼(編集長、ティム・グリフィン)が力説する。(略)「批評家がディーラーの、そして、ディーラーがコレクターの先導役を務めていたのは昔の話で、(略)いま、おそらくコレクターがディーラーの、ディーラーが批評家の先導役を務めているとささやかれています」

→この発言は批評の力の衰退を憂うものだけれど、日本の惨状たるや口にするのも忍びないほどだ。まともなアート雑誌が、一つだってあるだろうか。金にならぬ美術評論は、インターネット上で散り散りとなり、切磋琢磨する機会を持たない。


p218
「批評家は探偵ですね」(略)とグリフィン。「もともと証拠として存在するものなど、何もありません。(略)解決すべき犯罪すら存在しないかもしれない。つまり、自分の周囲のさまざまなものに意味づけして、アートが共感を呼べるような場を提供するってことなんですよ」

→場を作る、という表現は非常に分かりやすい。論文は客観的な理解を求める言説である一方、批評は共感の場を作る言説である、か。


p219
(雑誌『ニューヨーカー』のアート批評の責任者、ピーター・シェルダールは)「セントルイスには、いいアート批評家なんていませんよ。いいアート批評家になるには、毎週のように新たな敵をつくりながら、しかも、友だちになる人間が引きもきらないという芸当ができないといけないんです。この国でそんなことができるのは、ロサンゼルスとニューヨークだけですよ。ほかの場所だと、引越しをくり返すのがオチでね」

→それは批評が影響力を持つ場合に限るが、仮に幸い日本もそうなった場合、その国民性を考えると(シェルダールの言う)「いい批評家」はこの島から追い出されてしまいそうだ。


p221
批評家の実入りが悪ければ、職業的義務よりも個人的利益や社会的関係が優先されやすくなる。「そうなれば利益相反です」とシェルダールはきっぱりと言った。

→先日某アートフェアで、アートライターが自分のブースを作って作品を売っていた。彼は何の気なしに、むしろ、アート業界の活性化に一役買っているつもりで素朴に取り組んでいたのだろうけれど、裏を返せばそれだけ彼の発言に影響力がないということだ。自身の言説が大きな影響力を持つ場合、周囲に誤解を招く行為(つまり、特定の作家の作品を売りさばきながら、その作家について手厚く評価するあからさまな利益相反行為)はすべきではない。


p225
グアリーノがつづける。「この(アートフォーラム誌の)冒頭部分の価値をそこなわないためには、掲載を認める広告主を限定しないといけません」。広告の中には、掲載位置が不変のものもある。たとえば、マリアン・グッドマンならば、目次の対向頁だ。ラリー・ガゴシアンならば、寄稿記事の隣のページ。スイスの写真だけを使った独特の広告を打つブルーノ・ビショフベルガーは、一九八〇年代以降、毎号欠かさず裏表紙を飾ってきた。(略)数年前のこと、『アートフォラーム』は(略)アイデンティティの危機を経験した。最終的には、左ページにしか載せないという条件で、『アートフォーラム』はこうした(ファッション)広告の掲載を認めた。当時、彼らは宝飾品が「正しい自己表現」とは考えていなかった。だが、ブルガリが同誌ウェブサイト版の主要スポンサーになったのを機に、結局、広告掲載を認めたのだった。

→広告の扱いは、雑誌自体のブランディングに直結する。ふつう、付加価値をつけるためならハイファッションの広告を載せれば、と人は考えるかもしれないが、同誌がそういう意味でのブランディングを行っていないことがよく分かるエピソードだ。しかし、結局は経済的理由で屈したのだ。


p233
CAA(カレッジ・アート・アソシエーション)はアートフェアに匹敵するものである。経済的な規模が小さいとはいえ、美術史家たちが自分を売りこむ立派な市場だ。コレクターは、中堅のドイツ人写真家による限定六枚の作品の一枚を買う程度の値段で、丸一年間、ユニークな美術史家を雇うことができる。(略)かつては博士論文といえば、少なくとも三〇年前に制作された作品について論じるものだった。それがいまでは、六カ月前には無名だったアーティストを、CAAが「歴史化」するようになった。

→美術史家が過去の芸術に対して方法論的・表象論的に意味づける行為を放って、まったくの現在のアートシーンを取り扱うのだとすれば、批評家と呼ばれる人間たちとの差は一体何だ。だって、美術史家が扱った作家が、五年後には誰も名前さえ覚えていないなんてことがあって良いのだろうか? それでは歴史の捏造と言えそうだ。


p237
(若手の美術史家、トム・)マクドナーの意見では(略)「いまでは、文化を前進させることではなく、売りこめそうな集団を見つけることが批評の役割になっています。(略)しかも、売り込む本当の理由は、最も重要な作品だと思うからとか、生きるか死ぬかの問題だからとかではありません。そのささやかな一角を、自分が独占できるからなんです。(略)ぼく自身も同じようなニッチの鉱脈を見つけ、それをとことん利用しようと掘り進んでいることは否定しませんよ。ぼくはまだ、終身在職権(テニユア)をかけたこの競争から降りてませんからね」

→美術史家たちもまた市場原理の引きずられて、象牙の塔の外に出てきてしまったということか。その点、日本の美術史家たちはのんきなものだ。


p240
アート批評と美術史の関係について、(略)彼女(『ニューヨークタイムズ』の批評家、ロバータ・スミス)はわかりやすい答えをいろいろ並べてくれた。「アート批評は、後知恵の助けを借りられないでしょ。その時点でするものだから。調査もいらない。先頭に立って感想を述べるものだから。(略)さまざまな概念や表現で作品を語り、あらゆる種類の解釈を試みる。その中には長く残るものもあれば、そうならないものもある」

→米国随一の批評家が、批評は「感想」であると言い切る点が興味深い。長く残るか残らないか分からないと割り切って、無数の批評を世に送り出しているということか。



第3章「アートフェア」、第4章「ターナー賞」に戻る / 第6章「スタジオ訪問」につづく





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