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> 宮下公園アーティスト・イン・レジデンス~NIKEパーク化問題
【カテゴリー:アート report】 (2010/04/13) Twitterでつぶやく

渋谷区が宮下公園を「宮下NIKEパーク」という名前のスポーツ施設に変えようとしている問題で、一部で反対運動が活発化している。これは今に始まった話ではなく、むしろ具体化寸前であり、3月31日には渋谷区議会で関連条例が可決されたらしい。「らしい」と言うほどにしか、この問題はメディアに取り扱われていない。

この反対運動について、僕は様子見をしてきたし、今も様子見を続けている。と言いつつ、ここでこの話題について軽く触れる気になったのは、先日、たまたまこの公園を歩いて通過したからである。宮下公園では「アーティスト・イン・レジデンス」(AIR)と称してアーティストたちが滞在制作を行っており、何を作っているかは知らないけれど、テントが複数張られていて異様な空間になっている。

AIRのブログに「原宿側へもちろんぬけられます」との立て札の写真が掲載されているけれども、これは裏を返せば自分たちが通過の妨げになっていることを自覚しているからだろう。それは物理的な妨げではないにせよ、空気感として一般通行者を圧迫している。少なくとも僕は一通行者として直感的に、立ち入りたくない、と思った。

僕は常々、アートは社会性を備えるべきだと考えているけれども、いざアートが社会的・政治的なツールとして「利用」されているのを見つけると違和感を覚えることが少なくない。「寛容」であるはずのアートに、ある種の「不寛容」を垣間見てしまうのだ。

また、ある一つの現象をめぐる議論で、複数の文脈がごった煮的に取り扱われることにも、もどかしさを感じる。物事をよく理解するためには複層的に考え単純化を避けるべきだろうけれど、議論する際は文脈を丁寧に切り分けて一つ一つ論点をクリアにしなければならないだろう。

この宮下公園のナイキ化をめぐる問題も同様だ。僕なりに整理すると、この問題をめぐっては、以下のような複数の文脈がからみ合っている。

・区・区議会における、ナイキ化決定までの手続き論(民主主義の在り方問題)
・公園の公共性の問題(公共性概念の問題)
・公園に住むホームレスたちの権利問題(公共性概念の問題へ接続)
・ナイキへの反発(反資本主義・反商業主義の問題)
・ネーミングライツ売却自体への疑問(財源問題、公共施設の在り方問題)

これらの文脈を切り分けずに一緒くたに扱うと、例えば、仮に渋谷区の拙速な手続きに怒りを覚える人がいたとしても、反対グループがホームレスの権利や反資本主義的キーワードを声高に叫ぶことの方により強い拒否反応を覚え、渋谷区政へ向けていたはずの怒りを鎮めてしまう可能性がある。

また、マスコミも、どういった類の団体が反対運動をしているかで、コミットの仕方を判断するから注意が必要だ(そのマスコミの在り方が良いという話ではない)。プロ市民が反資本主義を漂わせながらナイキ化反対を唱えるのと、宮下公園周辺の住民が行政手続きの不備を指摘しながらナイキ化を反対するのでは、まったく記者たちの食いつき方が異なる。前者の場合、黙殺されるのがオチだろう。

実効性のある運動にするために重要なのは、効果的な論点へと絞り、合理的かつ戦略的に事を進めることであり、「(渋谷区による宮下公園のナイキ化は)民主主義に反したやり方」だとコメントしたピーター・バラカン氏はこの点に自覚的である(参照)。一企業へのネーミングライツ売却だけなら別に宮下公園に限った話ではないし、ホームレスの追い出しについても同様。しかもこの二つについては賛成者が多いわけであり(僕もネーミングライツという財源確保の方法論自体には反対しない)、主な論点とするには苦しい。宮下公園ナイキ化の反対運動においては、僕は余計な議論を付け加えず、とかく手続き論に終始すべきだったと思う。

個人的に疑問を抱くのは、ネーミングライツ購入(年間1700万円×10年)と有料施設化への工事費負担(4~5億円?)を“抱き合わせ”にした全面改修案がナイキ主導で策定され(つまり、ナイキほどの大企業でなければ受託できない案を区が採用させられ)、公募入札なしでナイキに委託されることが決まった経緯(入札を実施してもナイキ以外手を挙げなかっただろうけれど)。また、区議会での審議がほとんどナイキ側と話を進めて既成事実化した後に行われたことも不誠実だと思う。この点をマスコミに叩かせて世論形成し、その後、どれだけ多くの議員を懐柔できるかが鍵だったのだろう(言うは易し)。

「世界同時行動」などというアクションを国外で行っているようだけれど、おそらくバンコクやシドニーで「Parks for people, Not for profit」などと騒げば、「反グローバリズム・反資本主義」運動へ接続されるだろうことが容易に推察される。こうなると、もはや宮下公園は大きな議論の「ダシ」に使われているだけである。こういった思想・意図が透けて見えるから、渋谷区の行政運営に疑問を持つ人も、勘違いされるのを恐れて反対運動に加わりたがらないし、反対だとさえ言いたくなくなる。

いずれにせよ、現在のアーティスト・イン・レジデンスのような「立ち入りたくない」状態は個人的に不愉快である。「原宿側へもちろんぬけられます」といった立て札が必要ということは、ある意味での“占拠状態”に陥っている証拠であり、それこそ公共性を損なっている。AIRを即刻やめた方が良い、とは言わないけれど、余計な反論・拒否反応を招く結果になっているのではないかと首を傾げてしまう。

僕は、やはりアートは直接的な反対行動には向かないと思う(反対運動に活用するのは人の自由だけれど)。アートは社会における寛容性を醸成しうると信じてはいるけれど、その影響は時間をかけて間接的に将来の人々の投票行動に反映されるものだろう。宮下公園のナイキ化に関しては、僕はやはり様子見を続けようと思う。


・宮下公園アーティスト・イン・レジデンス~NIKEパーク化問題2
・宮下公園アーティスト・イン・レジデンス~NIKEパーク化問題3



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