FC2ブログ
      東京芸術史 ~作家インタビューと、現代アート情報 

東京芸術史

作家インタビューと、現代アート情報

作家たちとの会話と、現代アートをめぐる批評的?あれこれ / 東京芸術史とは?






  ▼exHibitIOn



    art link

     ポータルetc
      ・ARTiT
      ・A&A Review
      ・web complex
      ・批評の庭
      ・Kalonsnet
      ・10+1
      ・artscape
      ・CINRA.NET
      ・artgene
      ・LOAPS
      ・SHIFT
      ・e-days
      ・moonlinx
      ・white-screen

      ・TAB
      ・TAP
      ・art-index
      ・TAM

      ・ART遊覧
      ・美術犬(I.N.U.)
      ・エフエム芸術道場

      ・YOMIURI
      ・asahi.com
      ・毎日
      ・産経
      ・artnews
      ・searchina
      ・artforum
      ・artnews

     個人
      ・fogless
      ・フクヘン。
      ・イルコモンズ
      ・田中功起
      ・アート・バムス
      ・水野亮
      ・〈100次元〉
      ・幕内政治
      ・宮村周子
      ・R70
      ・青い日記帳

     etc



カレンダー

05 | 2019/06 | 07
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -


リンク


カテゴリー


検索フォーム




> スポンサーサイト
【カテゴリー:スポンサー広告】 (--/--/--) Twitterでつぶやく

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。






 / このエントリー単体のURL





> 椹木野衣「反アート入門」
【カテゴリー:アート topic】 (2010/06/26) Twitterでつぶやく

椹木野衣氏の「反アート入門」。

良書。アートの工芸的側面を強調する人や、西洋の近代美術制度を盲目的に追う人たちは、一度立ち止まってこの本を開くべきだろう。暴力的に単純化して言えば、コンセプチュアルアート、水墨画、岡本太郎について詳しい方には、大半は自明な内容かもしれない(僕はどれも詳しくないが)。



個人的関心から、「いつの日かアートは解放され」と題された項の次の箇所を引用しておく。


(引用始め)この際はっきり言ってしまえば、アートが限られた者だけに与えられた特権だという考えは根本的にまちがっています。それは、巧妙に作り上げられた嘘なのです。(略)。芸術においてわたしたちが取り戻すべきなのは(略)石のようにかたく孤独な人の生の結晶と呼ぶべきものなのです。(略)そのような孤生の現れとしていま、わたしの念頭に漠然とあるのは、誰もが参加することができるような、なにか流動的な生そのもののような芸術です。それが日々、日常のものであり、かつ創作者と鑑賞者が交換可能であるような芸術です。(略)すべての人が作り、品評し合うなかで偉大な芸術が生み出されないというのは、まったくの偏見です。(引用終わり)

これを読んで、僕は、以前自分が作った「スーパーサーキュレーション」という造語を思い出した。

スーパーサーキュレーションとは、創造性を民主化し、万民のものとするための制度観である。この、創造性の水平方向の循環を是とする制度観と、椹木氏が「流動的な生そのもののような芸術」あるいは「日常のものであり、かつ創作者と鑑賞者が交換可能であるような芸術」と呼ぶものが、その有様として、まったく同じ方角を向いていることに僕は驚いた(「孤独な人の生の結晶」の奪還云々の部分はさておき)。

椹木氏は、僕のように業界の外側から無責任にあれこれ言う立場とは違う。彼が上のような発言をすれば、もしかすると、アーティストやギャラリーから「じゃあ、アーティストたちはどうやって食っていけばいいんだ」などと現実的な議論を吹っ掛けられかねないだろう。

「反アート入門」は非常に観念的な内容で、後半になればなるほどその傾向が強くなる。そんな中での先の引用部分である。現実社会との折り合い云々の書ではない。著者は「『作る』のでも『残す』のでもない芸術のあり方が、現状のアートや美術というのとは別に、たしかにあると予感してもらえれば、それだけで十分です」としている。

「予感で十分」というこの消極的な物言いにはいささか不満を覚えるが、確かに、今すぐに何かができるわけではないのかもしれない。当面は具体的行動の前提としての共通認識を醸成するために、畑を耕す作業を続ける必要があるのかもしれない。

・スーパーサーキュレーション宣言(β版)



 / このエントリー単体のURL



  





シノハラとの会話
        →シノハラとの会話


海里との会話
        →海里との会話


小林さんとの会話
        →小林さんとの会話


巨匠との会話
        →巨匠との会話


▼ サイト内人気記事




キーワードで記事検索


Plug-in byまる。hi


※当サイトは、作家インタビューと、現代アート情報 から構成されています。

展覧会、アートイベント情報、アートWEBサイトのフォロー

だけでなく、

現代美術めぐる批評的?言説や、アート関係本の書評

も盛り込もうと(多分)心がけています。



copyright © 2005 東京芸術史 all rights reserved.
Powered by FC2ブログ. / PHPウェブログシステム3 / ネットマニア


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。