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> 映画『インセプション』
【カテゴリー:アート report】 (2010/08/02) Twitterでつぶやく

映画『インセプション』(http://wwws.warnerbros.co.jp/inception/mainsite/)を観る。イマイチだったが、語るにはもってこいの作品である(以下、ものすごい勢いでネタバレ)。

僕の感想を話す前に、7月28日にロフトプラスワンにて行われた『町山智浩帰国トークライブ』の内容に軽く触れておく。

町山氏は、インセプションが参照しているだろう先行作品として『マトリックス』『ラストタンゴ・イン・パリ』『惑星ソラリス』を挙げた。特に『ラスト~』との繋がりは強い、と。

エレン・ペイジ演じるアリアドネが、ディカプリオ演じるコブから夢の設計を教わる場面で出てくる橋が、『ラスト~』に登場する橋だという。『ラスト~』において、この橋は妻が自殺した橋であり、映画冒頭でマーロン・ブランド演じる主人公の男は橋をふらつきながら顔をゆがめて何かを叫ぶ。また、この主人公の男はフランシス・ベーコンの肖像画がモデルになっており、インセプションでもベーコンの絵が登場することから、『ラスト~』との関連性は確定的と言える、と。



なるほど、つまり、インセプションは失った妻をめぐるコブの内面性を描いた映画であって、その他の企業スパイ云々の部分は(町山氏曰く)「マクガフィン」に過ぎない。僕は、渡辺謙演じるサイトーの依頼でコブらが企業スパイとしてライバル企業の御曹司(キリアン・マーフィー)の夢に侵入するというプロットが、非常に雑で説得力に欠けると感じていたから、町山氏の話にひざを打たないわけではなかった。

題となっているインセプション(=思考の植え付け)についても、コブの妻・モル(マリオン・コティヤール)への「これは現実ではない」というインセプションだけが妙に説得力があって、御曹司への「会社を解体する」という植え付けはまったく子供だましだと感じたのだが、町山氏によれば、妻以外の部分は「マクガフィン」なのであって、目くじら立てても仕方がないらしい。

とは言え、とは言え、だ。企業スパイ云々の部分はストーリー展開の「ほとんど」を占めており、妻や子どもたちに関するエピソードは、コブがサイトーの依頼を引き受ける動機説明として機能しているようにしか思えない程度の描かれ方である。この「ほとんど」の部分をマクガフィンと不問に付すのは、論評として雑過ぎだろう。妻や子どもたちに関するエピソードこそがこの映画のキモであるなら、もう少し丁寧にこの部分を描くべきではないかと批判しても良いはずだ。

まあ、妻をめぐるコブの心の問題を中心に映画を作ると、派手なCGは必ずしも必要ではなくなってくるわけで、そうなると客が入らないという理由で、“表看板”は企業スパイ云々の荒唐無稽で派手なストーリーを立てておこうという大人の理由があるのかもしれないが……。


inception.jpg
(↑誰かが作成した階層図(クリックで拡大)。この図では「LEVEL5=リンボ」となっているが、
僕は個人的に、LEVEL5とリンボは別だと考えるべきだと思っている)



閑話休題。「これは現実ではない」という夢の“無限ループ”に着眼すると、企業スパイ云々の荒唐無稽さについて別の良心的な解釈が可能になってくる。つまり、現実とされている階層もまた実は夢で、映画の入口からすべて誰かの夢であり、だから、企業スパイ云々の設定が粗く荒唐無稽であっても問題はないし、むしろ夢なのだから粗く荒唐無稽であるべきだという解釈である。

これは7月31日放送のマル激トーク・オン・ディマンドの中で、宮台真司氏が推測として語っていたことだが、この論理に従えば、映画の中で矛盾しているように感じられる設定(おそらくネット掲示板などで様々な点が指摘されているはず)がすべて「そもそも全部夢なんだから、矛盾していて当たり前」とうまく片付けられる。うまく片付けられるのだけれど、この解釈の難点は、だとすれば、現実の階層で起きたとされる妻の自殺などもまたすべて夢の中の話であって、もしかするとコブにはそもそも妻なんていなかった可能性もありうるし、その可能性が出てくると、家族をめぐる彼の内面の問題などまったく真剣に受け止める必要がなくなってくる点にある。

何はともあれ、冒頭に書いた通り、イマイチなんだけれど、作品自体が映画館のメタファーにもなっており、皆でわいわい語り合うにはもってこいの作品だ。夢の無限ループという点であれば、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』の方がずっと面白い。もちろん、インセプションにはCGの凄みと迫力があるわけだが、それはもはや映像の問題で映画の問題ではない。





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