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> 『ラスト・タイクーン』
【カテゴリー:読書】 (2011/01/02) Twitterでつぶやく

2011年最初に読み終わった小説はS・フィツジェラルドの『ラスト・タイクーン』(大貫三郎訳)であった。たまたま。これはフィツジェラルドが心臓麻痺で急死したことにより未定稿のまま発表された遺作で、ある意味では人が読むべき作品ではない。未完のものを晒されることほど作家にとって屈辱的な事はないだろうと考えるならば。

未定稿だけに雑然とした印象はぬぐえないが、どうしても書き写したい箇所を見つけた。それは本文の中でではなく、途絶えた本文後に付け加えて掲載されある、第一章に関する作家のノートからの一文である。そして、その一文は、編者の注釈によれば、「フィツジェラルドが書いた最初のスケッチ」であり「彼の考えを完璧に伝達している」ものであるという。

以下、引用。



 これは、一九二七年何某と初めて二人だけになれた、そのときの会話を基にしたものになるだろう。その日、彼は鉄道について語った。彼の言った言葉に出来るだけ忠実に、私(※注=フィツジェラルド)が覚えていることは次のとおりだ。

 「(略)山を通り抜ける道――鉄道がなくちゃいけないとするよ。すると測量技師が二、三人やいろんな人がきみのところに来る。信頼の置ける連中も、置けない連中もいる。だが、どの点からみても、山脈を通り抜ける道は、六つ可能だと思われる。その一つ一つは、選択の決断を下す限り、甲乙はつけ難いのだ。ところで、たまたまきみが長(トップ・マン)だとする。普通のやりかたで判断力を行使しないで、単に気紛れに決断力を行使するポイントがある。きみは言う。『さよう、そこへ道をつけようと思う』と、指でそれをたどる。ところでほかの者が知らないで、きみだけが心底深く知ってることは、ほかに五、六か所違ったコースがあるにもかかわらず、そこに道をつける理由は何もないということだ。だが、なぜそうするのか、なぜそれに執着しなくてはいけないのか、なぜ知ってるふりをしたり、特別な理由からそうしたのだというふりをするのか、実は知らないとは君以外わからない。これ以外の決断だって可能じゃないかと、その一切がきみの耳に反響しつづけるので、きみの下した決断が英知にかなったものかどうか、すっかり懐疑に襲われるとしてもだ。だが大規模な新事業を企画する際は、ちょっとでも懐疑を抱いていることを、部下に知られたり、憶測させてはならない。彼らには皆で仰ぎ見る何かが必要なんだ。きみが何か決断するに当たって、少しでも懐疑を抱いているなんて、夢にも思わせてはならない。そういうことが延々と起こっているんだよ」

 (略)彼の言ったことの鋭さ――鋭さ以上のもの――彼の思考の大きさ、当時二十六歳という年齢でその考えに達した大きさなどから、私は深い印象を受けた。






というわけで、ことよろ。



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